【日々のみことば】3月18日

賜物を生かす[ルカ19:11-27]

 彼は言った。「おまえたちに言うが、
  だれでも持っている者はさらに与えられ、
 持っていない者からは、
  持っている物までも取り上げられるのだ。
               ルカ19:26

私たちは父なる神様から、
それぞれふさわしい賜物が与えられています。
それを用いて実を結んでいくことが
私たちの使命です。

それぞれ1ミナ(約100万円)ずつ任され、
商売をするように命じられています。
最後に出てくる人は、
商売で損をしたら主人に怒られると思い、
大事にしまっておくのです。

果たして主人は損をしたら、
怒り狂ったでしょうか。
いいえ。
最後の人は主人に対する間違った認識で
自分を縛っていたのです。

どうして間違った認識をしてしまったのでしょうか。
それは彼が主人と心が一つになっていなかったからです。
心が離れ、主人のために仕えようという
気持ちがありませんでした。

私たちはどうでしょうか。
父なる神様と一つになっているでしょうか。
父なる神様のために賜物を
用いようとしているでしょうか。

また私たちが賜物を用いて
実を結ぶために必要なことは
ただ一つ。
キリストにとどまり、つながり続けていくこと。

今日も一日、キリストにとどまり、
与えられた賜物を用いて、
主の栄光を現わすことができるように、
祈りつつ、歩んでまいりましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 あなたが与えてくださった賜物を
あなたのために用いて、
 私たちを通してあなたの栄光が現わされますように。

【日々のみことば】3月17日

急いで降りて来なさい[ルカ19:1-10]

 人の子は、失われた者を捜して
   救うために来たのです。
            ルカ19:10

取税人のかしらで、金持ちのザアカイ。
彼はイエス様を一目見ようと、
プライドを捨てます。
そして木に登るのです。

そんなザアカイをイエス様は
呼ばれます。
彼の家に泊ることにしているからとは、
ザアカイがご自分を求めて来ることを、
イエス様はご存じであった確かな証拠。

イエス様は父なる神様から離れ、
失われていたザアカイを
捜して救おうとされていた。
だからこそザアカイは
プライドを捨てて、
イエス様を求めたのです。

私たちも失われた者でした。
そんな私たちを捜して
救ってくださったのです。
この恵みに応答する者と
させていただきましょう。

父よ、あなたに信頼します。
 失われていた私たちを
救ってくださったことを感謝します。

【日々のみことば】3月16日

何をしてほしいのか[ルカ18:31-43]

 「わたしに何をしてほしいのですか。」
 するとその人は答えた。
 「主よ、目が見えるようにしてください。」
                ルカ18:41

一人の目の見えない人が、イエス様に
向かって「あわれんでください」と
叫び続けます。
黙らせようとしても黙らない。

その彼の叫びにイエス様は
立ち止まられ、彼に問われます。
「わたしに何をしてほしいのか」と。
目が見えない彼の求めることは、
ただ一つであるにも関わらず。

彼は素直に
「主よ、目が見えるようにしてください」
と願うのです。
その願い、イエス様への信頼を
イエス様は喜ばれ、彼を癒やされます。

イエス様は私たちにも日々、
問われています。
「わたしに何をしてほしいのか」と。
私たちは自分が本当に必要なものを
知っているでしょうか。

そしてそれを主が与えてくださる、
応えてくださると
心から信じているでしょうか。
自分が本当に必要なものを悟り、
主に信頼して、求め続けましょう。

父よ、あなたに信頼します。
 私の真の必要を教えてください。
それを求め続ける信仰を与えてください。

【日々のみことば】3月15日

まだ一つ欠けていること[ルカ18:15-30]

 イエスはこれを聞いて、彼に言われた。
「まだ一つ、あなたに欠けていることがあります。
 あなたが持っている物をすべて売り払い、
 貧しい人たちに分けてやりなさい。
 そうすれば、あなたは天に宝を
 持つことになります。
 そのうえで、わたしに従ってきなさい。」
                ルカ18:22

ある指導者は戒めを完璧に
守っていたはずなのに、
永遠のいのちを受け継ぐことができるか、
確信が持てなかったようです。

そんな彼にイエス様は彼の欠けを
指摘されるのです。
それは彼が主なる神様よりも
頼りにしている財産を手放し、
隣人を愛すること。
そのうえでイエス様に従っていくこと。

これを聞いて彼は非常に悲しみます。
それはイエス様が言われたことこそ、
真実だと知ったからです。
でも今の自分には手放す勇気が
ないことも分かっていました。

この後の彼の歩みについて、
聖書は沈黙しています。
私たちもイエス様から
問われていることは無いでしょうか。

父なる神様のみこころが
分かっていても、
今の自分には無理だと
感じることがありますか。

今日、それらを手放し、
主に従うことができる力を
与えていただこうではありませんか。
ただ悲しむだけではなくて、、、

父よ、あなたに信頼します。
 私は自分の欠けていることを知っています。
それらを後にして、
 あなたに従う者とさせてください。

【日々のみことば】3月14日

低くされた者[ルカ18:1-14]

 一方、取税人は遠く離れて立ち、
  目を天に向けようともせず、
 自分の胸をたたいて言った。
 「神様、罪人の私をあわれんでください。」
                ルカ18:13

9節に「自分は正しいと確信していて」
とあります。なぜ自分が正しいと
確信していたのでしょうか。
それは彼が他の人と比べて、
善行をしていると思っていたからです。

自分の行いを誇っていました。
確信するって、危険ですね。
自分がどんどん高くなり、
自分が完璧な神であるかのように
人を見下し、さばき始めてしまいます。

一方、取税人は周りからも、自分自身も
罪人である、父なる神様のあわれみを
受けるに価しない者であると、
思っていたのです。

彼は低くされていました。
そして自分自身を求めるのではなく、
父なる神様のあわれみを求めたのです。
そのような祈りを父なる神様は
喜んでくださり、
彼を正しいと認めてくださいました。

私たちも父なる神様に低くされるのです。
そのとき、父なる神様のあわれみに
すがるならば、父なる神様は
私たちを喜んで迎え入れてくださいます。

今日も主のあわれみにすがり、
主の正しさに生かしていただきましょう。

父よ、あなたに信頼します。
 あなたによって低くされる時、
あなたのあわれみにすがる者とさせてください。

【日々のみことば】3月13日

神の国は[ルカ17:20-37]

 「見よ、ここだ」とか、「あそこだ」とか
  言えるようなものではありません。
 見なさい。神の国はあなたがたの
  ただ中にあるのです。
                ルカ17:21

神の国はいつ来るのかという質問に対して、
イエス様は、神の国はあなたがたの
ただ中にあると答えられます。

神の国とは、父なる神様の恵み深い
支配が明らかにされ、
その父なる神様の支配に
自らをゆだねる人たちがいるところ。

だからこそ私たちのただ中に
神の国はあるのです。
この神の国はイエス様が十字架で死なれ、
よみがえられたときに到来しました。

そしてイエス様が再臨される時に
完成されるのです。
その時はいつかは分かりません。
けれど必ず主の再臨があることを
忘れず、目を覚ましているように、
イエス様は命じられるのです。

今日も恵み深い主の支配に身を
委ねて歩んでまいりましょう。

父よ、あなたに信頼します。
 あなたの恵み深い支配にゆだねて
生きることができますように。

【日々のみことば】3月12日

神を待ち望む[詩篇62:1-12]

 私のたましいよ 黙って ただ神を待ち望め。
   私の望みは神から来るからだ。
                詩篇62:5

周りがどんな状況であろうと、
詩篇の記者は主の助け、力を
待ち望むと告白します。
救いは主にあると。

どんなときにも主に信頼することに、
難しさを感じることがあります。
何の助けもないように
思えるときもあるのです。

そんな素直な気持ちを
主の前に注ぎ出すことを
主は待っておられます。

今週日曜日に、一日一回は
「父よ、あなたに信頼します」と
告白しましょうと分かち合いました。

祈りの中で、歩いているときに、
寝る前に、主に信頼すると口で告白するとき、
主への信頼が増してきたように感じるのです。
力は主のもの。
今日も一日、「父よ あなたに信頼します」と
告白して歩んでまいりましょう。

父よ、あなたに信頼します。
 私の思い煩いをすべてあなたに
注ぎ出すことができますように。

【日々のみことば】3月11日

あなたの幕屋に[詩篇61:1-8]

 私は あなたの幕屋にいつまでも住み
   御翼の陰に身を避けます。
              詩篇61:4

東日本大震災から10年。
被災地の教会と悲しみ苦しみの中にある
お一人お一人の上に主の慰めと
励ましを心から祈ります。

詩篇の記者は苦難の中で、
主なる神様を避け所とし、
主の力強い御手に
すべてをゆだねます。

そして「御名を恐れる者の受け継ぐ地」を
与えられたと語るのです。
これは実際の地ではなく、
霊的な意味ではないかと考えられます。

すなわち父なる神様を知り、
礼拝する者たちは、
神の国を相続し、
神の国に生きる者とされるのです。

父よ、あなたが私たちのゆずりであり、
 私たちのすべてでです。
あなたを知ることができた恵みを
 心から感謝します。